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根がネガティブなぼくのブログ

「ブログとか書けばいいのに」なんて言われたから、もう人生何度目かわからない続かないブログをはじめました。

通行人C

どうしてみんなそんなに頑張れるんだろう。

だって、頑張らなくたって死なないよ。毎日それなりに楽しいよ。嫌なこともあるけれど、頑張ったって嫌なことからは逃げられないでしょう。

頑張る気になればそこそこ頑張れる。頑張ってこなかったぼくにも、多少頑張った過去はあるから。頑張れば頑張らないよりは良い方向に向くことも知ってる。

でも頑張れないよ。

ぼくはいじめられたこともないし、友達がいないわけでもない。決してモテたことはないけど、告白とかされたこともないわけじゃない。運動はあんまり得意じゃないけど、友達と遊ぶのには困らない程度だし、頭もどうしようもない馬鹿なんてことはない。ぜんぶそれなりにしてれば生きるのには困らない。

いつのまにか自意識ばかりが大きくなって、結局自分には何もないことに気づく。

いっそぼくがもっともっともっと落ちこぼれだったなら、あるいはそれが美しい生き方かのように振る舞えたかもしれない。

けれどぼくは特別じゃない。

かといって、努力すればいまと一体なにが変わるんだろう。

頑張ったところで何にもなれない、頑張らなくても死にはしない。

小さいときはそんなことに気づきもしなかったけど、いつのまにかぼくは偽物の人生を歩いてきてた。本物にはもうなれない。だれかの真似事も上手に出来ない。

ぼくはどこにでもいる通行人Cだ。

 

銀杏BOYZとぼく

高校一年生のとある日、友達の家でだらだらと漫画を読んでいたら、友達がむくっと立ち上がりコンポにCDを挿れた。

汚くてうるさくて最初はなんだこれと思った。

戦争反対 戦争反対 戦争反対 戦争反対 

戦争反対 とりあえず 戦争反対って言ってりゃあいいんだろう

うわーなんかすげえこと歌ってんなあ。

音楽ってなんだかパワーを持ってるんだなあ。

偏差値2くらいの感想しか浮かばなかったけど、自分自身でもずっとわからなかった心臓のすみっこの方にある黒いもやっとした何かを肯定して認めてくれたような気がして、なんだ、それでいいのかなんて思ってしまった。

「そのCD貸して!」

おじさん達が甲本ヒロトに影響を受けたように、きっとぼくもそうだった。

銀杏BOYZは、僕たちは世界を変えられないと歌うけど、しっかりぼくの世界は変わってしまった。

毎日毎日銀杏BOYZを聴いた。

文化祭でへたくそなコピーバンドもやった。

童貞もこじらせきった。

峯田和伸がそうしたように、たくさんの音楽を聴いた。

みにくい恋もした。

叶わない夢も諦めなかった。

本物になれない自分にがっかりした。

そんなぼくの全部を無茶苦茶にした銀杏BOYZ

2008年6月22日、YUKI×銀杏BOYZ

男友達4人で行って、汗とよだれにまみれた。

アンコールで聴いた駆け抜けて性春は、多分僕の人生で何かの1番であり続ける。

記憶の中でどんどん薄くなってくそのライブで見た光景と、しっかりこびりついて落ちない汚れ。 

 それから何年も待った、ずっと待った新しいアルバム。

その2枚が出る頃にはぼくの知っている銀杏BOYZはなくなってしまった。

峯田和伸ひとりになってしまった。

それでもあの4人が残してくれた作品だけは生きていて、何度も何度も何度も何度も聴いた。

聴けば終わらせられると思っていたぼくの青春とか思春期とかそういう何もかもが、またぐちゃぐちゃになるまで何度も聴いた。

何が間違ってて何が正しいのかはわからないままだけど、きっと、多分、いままでも、これからも、間違ってるのはぼくの方だと思う。

そんな間違いを認めてもらえる気がした、2014年の8月20日。

あの日以来の峯田和伸

3人足りないけど銀杏BOYZ

 「峯田~!」と叫ぶ女の子達の柔らかい肌と香りに潰されそうになりながら、ステージを見続けた。

アコースティックギターたった一本で、最後までひとりで歌った一曲目は人間。

他にもたくさん歌った。

当時大好きな娘がいたぼくは夢で逢えたらがイヤにささったりして、そのときだけ歌った新曲「なんでこんな好きなんだろう」もバカみたいに良くって、ああ銀杏BOYZにもう一度会えたんだなあって思った。

それから何度かひとりぼっちの銀杏BOYZを観た。

最初はやっと帰ってきたと思ってた銀杏BOYZは、やっぱり昔の銀杏BOYZではなかった。

弾き語りで何度聴いても、たった一度観た4人の銀杏BOYZは越えられなかった。

愛地獄の劇場公開。

スクリーンの向こうにはあの銀杏BOYZとひとりぼっちの銀杏BOYZがいた。

大勢が行儀良く座って静かにしながら銀杏BOYZのライブを観るなんてとても奇妙な光景だ。

映像の中には閉じ込められているはずの4人の銀杏BOYZも、あのとき観た銀杏BOYZとはやっぱり違った。

そしてもう何年ぶりのツアー、ZEPP DIVERCITY

バックバンドを従えて銀杏BOYZを名乗っていたけれど、あれは峯田和伸のカラオケだった。

そりゃ死ぬほどグッときた。

ずっと聴きたかった曲も聴けた。

でも、もう何の曲をやってたか忘れてしまった遠い記憶の中でも、あの4人のライブは“あの4人”での映像が頭に残っているのに、つい最近観たばかりの銀杏BOYZ峯田和伸1人しか映像に残っていなかった。

確かめたくて、中野サンプラザの公演も観に行った。

指定席のホールで観る、峯田和伸のカラオケ。

行儀良くぼけーっと立ってる2000人。

ぼくもその中のひとり。

目の血走った若い男よりも、やけに可愛い女の子が多かった。

これからもライブがあればたまには行く。

新曲を出せばCDも買う。

ただ銀杏BOYZは終わってないけど、あの4人のバンドは終わってしまったんだなあって、どうしても悲しくなる。

銀杏BOYZを聴いてぼくは人生が止まってしまったのに、銀杏BOYZも同じようにずっと止まったままだと思っていたのに、もしかしたら一緒に変わっていけるかもと思っていたのに、おいてけぼりから救ってくれたと思っていたのに、気づけば銀杏BOYZにもおいてけぼりにされてしまった。

いつかぼくがもっとおっさんになって、あの4人がおじいちゃんになりかけくらいの頃に、もう一度4人でライブでもやってくれないかな。

そしたら今度こそ青春を終わらせられるかな。

好きな映画

ぼくは年間50本以上映画館まで足を運んで映画を観るんだけど、だいたいぼけーっと観てなんとなく「おもしろかったぞ」という感想しか出ない。

寝ちゃうことも多いし。

映画はとても好きだけど、高尚な鑑賞とは程遠い。

だから、観た映画の感想を長文でつらつらと、元ネタや何やらも調べたりしながら文章にしたり言葉に出来る人が本当にすごいと思う。

だれかの受け売りでしか感想が言えない。

映画を観た感想はだいたい宇多丸さんのラジオや「三角絞めでつかまえて(もてなして)」というブログで答えあわせをする。

好きな映画の感性が似てるので、映画を観て思ったことはだいたいここで言葉にされてる。

そりゃあもちろん全作品がそうじゃないけど。

ぼくも一時期ブログに映画の感想を書いたりもしてたけど、まず知識がないので調べることが多いのと、そもそもしっかりと映画を観る力もないのでたいした感想にならない。

だから、それなりの内容にするには思った以上に体力が必要だった。

せっかくたくさん映画を観るんだから何かに残したほうが絶対いいのにね。

また気が向いたら書いてみよう。

 

そもそも「映画が趣味です」なんてだれでも言えること。

ぼく自身毎月5〜6本映画館で観ても、古い有名作品を全部観れてるわけでもないし、たいして語れることもない。

ただ映画館で映画を観るのが好きなだけ。

他に何も考えなくていい時間になるから。

ただそれだけで「映画が趣味です」と言っている。

趣味で映画を公言していると「1番好きな映画は?」という話をする機会も増える。

ぼくからすれば映画なんてだいたい面白いし、人が「好きな映画」としてあげる名作なんてつまらないわけがない。

その上で思うんだけど、1番好きな映画としてショーシャンクの空にをあげるやつって、映画全然観てないだろ。

もちろんいい作品だしすごく面白いんだけど、あの映画って「ちょっと映画を観はじめた人が簡単に名作として人に紹介しやすい作品」として安定しすぎてるから、あれを自分のフェイバリットムービーと出来る人は、たぶん何も考えてないんだろうなって。

そこからちょっと先へいくと今度は時計じかけのオレンジだの気狂いピエロだの2001年宇宙の旅だの。

どれも名作であることに間違いないけど、本当にあなたの“一番”なのか?と思ってしまう。

そんなことをぐるぐる考えてしまうぼくは、ついに自分が同じ質問をされたときになんて答えればいいかさっぱりわからなくなってしまった。

もともと映画を観るのは好きでも、ここまで映画館でたくさん観よう!となったきっかけの映画は桐島、部活やめるってよなんだけど、最近の作品すぎて恥ずかしく感じるし、たとえばレザボア・ドッグスとかタランティーノ作品はどれも最高に好きなんだけど「はいはい、タランティーノ信者なのね」と思われるのも癪だし(実際信者と言っていいくらい全作品大好きだけど)、たまに「いちばん泣いた映画」としてマイ・フレンド・フォーエバーをあげるんだけど、それもなんだか映画ファンに媚びてる気がしてしまう。(そうか?)

他にも本当にお気に入りの映画でリトル・ランボーズという作品があるんだけど、「マイナーな作品あげる俺かっこいい」感が出てないか気になってしまう(そもそも本当にマイナーかどうかもわかってない)し、人にあげたり何なりで人生で4回くらいDVDを購入したショーン・オブ・ザ・デッドもめちゃくちゃ好きだけど「ああエドガー・ライト好きなんだね、映画ファンとしてベタすぎ」って思われる気がしてしまう。

そうやって何周も何周も回った結果、ぼくの映画好きの原点として君臨する俳優、シュワちゃんの作品がいいんじゃないかって結論にたどり着いた。

ただ、何百回観てもまだ面白いはずのターミネーター2は「いちばん好きな映画」としてわざわざあげるにはギャグに走ってる気がするし、コマンドーなんかあげたら「2ちゃんねるが好きなんだね」としかならない。

よくわからないことを考え続けて最終的に、評価が高いわけでもない、知ってる人もまあまあいるけどタイトル言われてもピンとくるほどじゃない、でもいざ内容を観てみたら好きな要素がたくさんあるラスト・アクション・ヒーローをいちばん好きということが多くなってしまった。

ラスト・アクション・ヒーロー

寂れた映画館「パンドラ劇場」に入り浸る映画好きの少年ダニー(オースティン・オブライエン)は、アーノルド・シュワルツェネッガー主演のアクション映画『ジャック・スレイター』シリーズの大ファン。

ある日、老映写技師の特別な計らいにより、『ジャック・スレイター』シリーズ最新作の試写をひとりで鑑賞できることとなったダニー。喜び勇む彼に、老映写技師は彼が子供の頃、魔術師からもらったという「魔法のチケット」を手渡す。なんでもそれは「異次元へのパスポート」なのだという。

チケットの半券を手にしたダニーが『ジャック・スレイター』最新作を観ていると、悪役が投げたダイナマイトが突如スクリーンから飛び出して来て、逃げようとしたダニーは眩い光に包まれる。彼が気がつくと、そこはたった今スクリーンで観ていたはずのジャック・スレイター(アーノルド・シュワルツェネッガー)が運転する車の中であった。

 観たことない?この映画。

映画好きのシュワちゃんファンの少年(最高要素)ががんこだけど優しい映画館のじじい(最高要素)に魔法のチケット(最高要素)をもらって映画の世界に入って(最高要素)…ってもうワクワク要素しかなくて最高なんですよ。

内容も、シュワちゃんにここが映画の世界だと説明するために入った映画の世界の中のレンタルビデオショップで、ターミネーター2の主役がスタローンになってたり、「ビデオ屋の店員がこんなに可愛いのも映画だけだよ!」みたいなセリフがあったり、映画の外の世界に出たシュワちゃんがガラスの破片で死ぬほど痛がったり、メタギャグがふんだんにあってそれも最高。

 

と、なんだかよくわからない思考回路でこんな半端な映画をすすめてしまうの、ぼくのよくないとこだと思う。

いや、本当に大好きな映画なんだけど。

ショーシャンクの空に、名作じゃないか。

それでよし。

「ブログとか書けばいいのに」

ぼくはよく、よくなんて言うとそれはちょっと嘘になってしまうから、たまに。

たまに、文章が上手だねと言われる。

 

 恥ずかしながらそう見えるような書き方を意識してるときもある。

とはいえぼく自身あまり活字を読まない人間だし、本当に自分の文章が上手だとも思っていない。

ツイッターくらいの短さならなんとかごまかせても、長くなればなるほど自分でも何が言いたいのかわからなくなってしまう。

これは書くだけじゃなく話してるときも一緒なんだけど。

 

それでもたまに文章が上手だねなんて言ってもらえるのは、嬉しかったりする。

人に褒められるようなところなんてない人間だから。

 

ぼくはもう丸2年も前に片想いをしてた女の子のことをまだがっつりと引きずっている。

いま思えば本当に別になんでもない、どこにでもいるただの女子大生だったんだけど、それでもやっぱりなぜか特別なくらい好きで。

なんどかふたりでデートみたいなことは出来ても、ちっとも心を動かせないまま、もう連絡を取るのもやめてしまった。

新しい恋でもしてその娘のことなんかはやく忘れてしまえばいいのに、そうしないのはその娘が忘れられないくらい好きだからとかじゃなくて、きっと忘れられないくらい好きなことにしてまた新しく傷つくことから逃げてるだけ。

その娘への失恋を盾にしてるだけ。

そんな卑怯な手をつかっても結局、安いビスケットみたくもろい心のぼくは、小さいことで何かとしっかり傷ついているんだけども。

 

そして、そんなにも大好きだったその娘にだけは、人生で唯一「あなたの文章はいつもごちゃごちゃしてて読みづらいです!」と怒られたりもした。

それもそうで、ただでさえ長い文を書いていると自分でも何が言いたかったかわからなくなってしまうのに、その娘に送るための文章なんて、なんど考えても、どんな時間をかけても、きちんと整理なんてできやしなかったから。

とにかく趣味や話の合う娘だったけど、ぼくがもう少し落ち着いた男の人だったなら、何かが違っていれば、うまくいってた未来もあったんだろうか。

なかったかな。

ぼくががんばってもがんばってもその娘と一緒になることなんてないとして、その後出来た彼氏さんとはとっとと別れてほしいなと毎日思ってる。

どうしようもなくひどいやつだといいのに。

 

ということで、最近「文章上手だと思うから、ブログとか書けばいいのに」なんて言われて嬉しくなって、じゃあ久々に何か書いてみるかと調子に乗っただけのブログでした。

きっと7日も続かないね。